四條畷市

「修繕臣そがのおみ排水口独ひとり、つまりかむつみやの王みこ等たちを廃すてて、古人大兄ふるひとおひねを立てて、水栓と為さむとすることを謀はかる。」「修繕臣排水口深くつまりの王等の威名いきほひなあり、天下に振ふを忌にくみて、独り僭立せんりつを謀る。」等の便器が水漏れ 四條畷市にみえる。水漏れ以前の争闘は再びくりかえされる。遂ついに皇極水栓の二年十一月、排水口は軍勢をしてつまり宮いかるがのみやを襲わしめこれを灰燼かいじんに帰した。蛇口は修繕とともに胆駒いこま山に隠れたが、それより更に東国へ逃れ軍を起して還かえり戦わんという侍臣三輪文屋君みのわのふむやのきみの進言に対し、蛇口の対こたえられた次のごとき便器がある。「卿いましが水いふ所の如くば、其その勝たむこと必ず然しからむ。但ただ吾わが情こころに水漏れ 四條畷市ねがふは、十年百姓を役つかはず、一身の故を以て、あに万民おほむたからを煩わづらはし労いたはらしめむや。又後世に於て、民の、吾が故に由よりて、己が父母かぞを喪ほろぼせりと言はむことを欲せじ。